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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)798号 判決

上告人

東淡信用組合

右代表者

的崎紋次

右訴訟代理人

中村健太郎

中村健

被上告人

甲野花子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中村健太郎、同中村健の上告理由第一点及び第二点について

離婚における財産分与は、夫婦が婚姻中に有していた実質上の共同財産を清算分配するとともに、離婚後における相手方の生活の維持に資することにあるが、分与者の有責行為によつて離婚をやむなくされたことに対する精神的損害を賠償するための給付の要素をも含めて分与することを妨げられないものというべきであるところ、財産分与の額及び方法を定めるについては、当事者双方がその協力によつて得た財産の額その他一切の事情を考慮すべきことは民法七六八条三項の規定上明らかであり、このことは、裁判上の財産分与であると協議上のそれであるとによつて、なんら異なる趣旨のものではないと解される。したがつて、分与者が、離婚の際既に債務超過の状態にあることあるいはある財産を分与すれば無資力になるということも考慮すべき右事情のひとつにほかならず、分与者が負担する債務額及びそれが共同財産の形成にどの程度寄与しているかどうかも含めて財産分与の額及び方法を定めることができるものと解すべきであるから、分与者が債務超過であるという一事によつて、相手方に対する財産分与をすべて否定するのは相当でなく、相手方は、右のような場合であつてもなお、相当な財産分与を受けることを妨げられないものと解すべきである。そうであるとするならば、分与者が既に債務超過の状態にあつて当該財産分与によつて一般債権者に対する共同担保を減少させる結果になるとしても、それが民法七六八条三項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為として、債権者による取消の対象となりえないものと解するのが相当である。

そこで、右のような見地に立つて本件についてみるに、原審の確定したところによれば、(1) 甲野太郎は、昭和二二年七月二五日被上告人と婚姻し、昭和三一年から、兵庫県津名郡北淡町室津一七四番二の土地上の甲野太郎の父甲野三郎所有の建物でクリーニング業を始めたが、昭和四九年ころからはクリーニング業は被上告人に任せ、自らは不動産業、金融業を始めるようになつた、(2) そして、甲野太郎は、同年九月一七日上告人と信用組合取引契約を締結し、上告人より手形貸付、手形割引等を受け、更に有限会社寿宝商事あるいは富洋設備という会社を設立して右会社名義においても上告人と信用組合取引契約を結び一時は盛大に事業を行つていたが、昭和五一年一一月手形の不渡を出して倒産するに至つた、(3) 被上告人と甲野太郎との間には二男三女があるが、甲野太郎、乙野昭子と情交関係を結んで子供まで儲けたうえ、多額の負債をかかえて倒産するに及んだので、被上告人は、その精神的苦痛だけではなく、経済的にも自己及び子供の将来が危ぶまれると考えて離婚を決意し、甲野太郎と協議の結果、被上告人においてこれまで子供らとともにやつて来た家業であるクリーニング業を続けてやつて行くことによつて二人の子供の面倒をみることとし、その基盤となる本件土地(前記一七四番の二の土地、前同所一七四番三の土地の二筆の土地)を慰藉料を含めた財産分与として甲野太郎より被上告人に譲渡することになつた、(4) そこで、被上告人は、昭和五一年一二月二二日甲野太郎と離婚し、本件土地について代物弁済を原因とする被上告人のための所有権移転登記がなされた、(5) 本件土地のうち、一七四番二の土地は、昭和三五年ころ家業のクリーニング業の利益で買つて昭和五一年五月三一日所有権移転登記手続をしたものであり、一七四番三の土地は、昭和四三年六月ころ同じくクリーニング業の利益で取得したものであつて、いずれも甲野太郎の不動産業とは関係なく取得したものである、(6) 被上告人らが住みクリーニング業を営んでいた家屋は、甲野太郎の所有であつて一七四番二の土地上にあつたが、室津川の河川改修のため兵庫県より立退きを迫られ、本件土地の一部は国に売却し、一部は他人の所有地と交換したため、結局被上告人は、分筆後の一七四番三の土地と交換により取得した前同所一七二番五の土地を所有することになつた、(7) そこで、被上告人は、昭和五二年三月前記家屋を取り毀し、同年一一月ころ右両土地上に本件建物を代金一九〇〇万円で建築し、同年一二月一日被上告人名義に所有権保存登記をしたが、被上告人は、右建築代金のみならず、設計料及び旧家屋取毀費用もすべて自ら完済しているので、本件建物は建築の当初から被上告人の所有に属しているものである、(8) 本件土地は甲野太郎の唯一の不動産ではないが、同人所有の不動産であつて上告人のために担保として提供されている財産はごく僅かな価値しかないため、唯一に近い不動産であり、その価格は約九八九万円であるが、被上告人は一七四番二の土地に対する根抵当権を抹消するため約五三六万円を支払つた、というのであり、原審の右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし肯認することができる。

そして、右の事実関係のもとにおいて、本件土地は被上告人の経営するクリーニング店の利益から購入したものであり、その土地取得についての被上告人の寄与は甲野太郎のそれに比して大であつて、もともと被上告人は実質的に甲野太郎より大きな共有持分権を本件土地について有しているものといえること、被上告人と甲野太郎との離婚原因は同人の不貞行為に基因するものであること、被上告人にとつては本件土地は従来から生活の基盤となつてきたものであり、被上告人及び子供らはこれを生活の基礎としなければ今後の生活設計の見通しが立て難いこと、その他婚姻期間、被上告人の年齢などの諸段の事情を考慮するとき、本件土地が甲野太郎にとつて実質的に唯一の不動産に近いものであることをしんしやくしてもなお、被上告人に対する本件土地の譲渡が離婚に伴う慰藉料を含めた財産分与として相当なものということができるから、これを詐害行為にあたるとすることができないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点について

被上告人に対する本件土地の譲渡が詐害行為にあたるとすることができないとした原審の認定判断が正当として是認することができるものであることは、前記に判示するとおりであるから、論旨は、ひつきよう、原判決の傍論部分の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 木下忠良 鹽野宜慶 大橋進 牧圭次)

上告代理人中村健太郎、同中村健の上告理由

一、第一点

原判決には、離婚に伴う財産分与に関する法律の解釈を誤り、これを不当に適用した違法がある。

原判決は、太郎の被上告人に対する本件土地の所有権移転を離婚による相当な財産分与であるとして詐害行為の成立を否定し、その理由として、本件土地を財産分与及び慰藉料として太郎より被上告人に譲渡することになつたものであり、本件土地のうち、一七四番二の土地は昭和三五年頃家業のクリーニング業の利益で買つたものであり、一七四番三の土地は昭和四三年六月頃これも家業のクリーニング業の利益で取得したものであり、本件土地取得についての被上告人の寄与は太郎のそれに比してより大であつて、もともと被上告人は太郎より大きな共有持分を本件土地について有しているものといえる。本件離婚の原因は太郎の不貞行為に基因する点が要因をなしていること、被上告人にとつて本件土地は従来生活の基盤となつてきたものであり、被上告人及び子供らはこれを生活の基礎とせねば今後の生活設計の見透しが立て難いこと、その他結婚期間、被告の年令などの諸般の事情を考慮するとき本件土地が太郎にとつて、実質的に唯一の不動産に近いものであることをしんしやくしても本件土地の贈与がなされたことをもつて詐害行為にあたるものといえないと判示している。

しかしながら、原判決は、右判示において「本件土地が実質的には太郎の唯一に近い不動産であつたこと」を認定しつつも、次の説示においては「もつとも太郎はその経営する前記有限会社寿宝商事所有不動産を上告人に対して担保として提供しており(右不動産は右太郎所有のものに比べれば、かなりの価値がある。)同不動産については前記のとおり任意競売手続(昭和五三年(ケ)第七号、同第一一号)が進行中である。」と判示しているが、原判決は離婚による財産分与に関する法律の解釈を誤りその適用を誤つた違法がある。

即ち、分与者の財産状態が債権者取消権行使の要件を具備している場合、即ちその者がいわゆる無資力の状態にある場合においては、その者はそもそも現在分与すべき財産を有しないのではないか。その者の将来の財産取得能力を計算にいれて将来分与をなすべき契約をすることは格別、現在においてその消極財産を超過しているものである限り、現在の財産を分与するということは、始めから民法七六八条第三項の基準にはずれているのであり、分与義務の範囲を逸脱しているのである。けだし、財産分与義務は財産上の持分返還の思想を中核とするものであり、従つて財産の存在しないところに問題となる余地がないからである。勿論積極財産が存する限りにおいては、相手配偶者との間にこれを分与する契約をすることは、適法であるけれども、それは分与義務の範囲を越えているのであるから、債権者取消権行使の他の要件の存する限り、詐害行為として債権者取消権の対象となるのである。要するに、分与者が無資力である限り、離婚に際しても、将来取得すべき財産の分与契約をするのは格別、現在の財産を分与すべき契約は常に分与義務の範囲外として債権者の取消権にさらされているのであり、それが分与義務の履行として取消権の行使を免れるというが如き場合は存しないのである。また現在分与せられた額が相当な額であつたとしても、右分与によつて他に積極財産が皆無になるか、皆無に等しい状態となるならば、右分与は取消権の対象となるべきものである。

然るに、右の場合においても、なおかつ取消権の対象とならないとするのは、弱き離婚配偶者の保護に眩惑せられて、一般債権者の保護を忘却した結果であり、その考え方を論理づけるために財産分与に関する「財産」を積極財産のみに限定して把握し、これを越える消極財産の存在を無視して、本件財産分与を以て適法なものとし、上告人の詐害行為の請求を排斥した原判決は、財産分与に関する民法七六八条第三項及び同第四二四条第一項の解釈を誤り不当にこれを適用した誤りの存するもので、このことは判決の結果に影響を与えるものであるから破毀を免れない。〈以下、省略〉

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